τεχνη  techné テクネー

アートはオブジェクトといった形になって初めてその価値を評価されることが多いですが、

それだけではなんとも味気ないと思うのです。

 

行為そのものがクリエイトすることで、

その過程が既にアートしていることになるので。

 

目に映るもの、手にとれるものは分かりやすいです。

芸術の「言葉」としての発祥は技術的なことからであったりしますが、

芸術が「もたらすもの」は何か、といった視点で考えると

この過程そのものから生まれてくる色々なこと、

発見、気付き、コミュニケーションやいろいろ、それは、

何かを物理的に手に入れて満足するといった類の満たされ感覚ではない、

共感感覚であったり、自己・自他の再発掘であったりという意味での

満たされ感覚だと思います。

 

作品は、最終的に表出したカタチ、それまでの工程、その行為に至る動機、

そういった時間軸を持つものです。

最終的なもの、経緯から抽出したもの、経緯そのもの

 

どれが芸術かなんていう二元論的なことではなく、

 

どれも面白いし、形として手にもてない現象そのものの面白さは、

<モノ>を遥かに超える力のようなものを持つのだと感じます。