夏。

あついんだもの

 

秋まであと2ヶ月ほどか。。。

 

いよーし秋が到着したらおもいっきりハグしてやろう。

 

 

 

 

 

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τεχνη  techné テクネー

アートはオブジェクトといった形になって初めてその価値を評価されることが多いですが、

それだけではなんとも味気ないと思うのです。

 

行為そのものがクリエイトすることで、

その過程が既にアートしていることになるので。

 

目に映るもの、手にとれるものは分かりやすいです。

芸術の「言葉」としての発祥は技術的なことからであったりしますが、

芸術が「もたらすもの」は何か、といった視点で考えると

この過程そのものから生まれてくる色々なこと、

発見、気付き、コミュニケーションやいろいろ、それは、

何かを物理的に手に入れて満足するといった類の満たされ感覚ではない、

共感感覚であったり、自己・自他の再発掘であったりという意味での

満たされ感覚だと思います。

 

作品は、最終的に表出したカタチ、それまでの工程、その行為に至る動機、

そういった時間軸を持つものです。

最終的なもの、経緯から抽出したもの、経緯そのもの

 

どれが芸術かなんていう二元論的なことではなく、

 

どれも面白いし、形として手にもてない現象そのものの面白さは、

<モノ>を遥かに超える力のようなものを持つのだと感じます。

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「山内マリコのオッケィトーク」にて

小説家・山内マリコさんです。

山内さんは「十六歳はセックスの齢」「ここは退屈迎えに来て」を刊行され、

話題作をご存知の方も多いかと思います。

 

彼女がパーソナリティを努める「山内マリコのオッケィトーク」@FMとやま

収録にお邪魔してきました。

ラジオは彼女の世界観に触れながら、富山拠点で様々な分野で取り組みをされている女性をゲストに招いてのトーク番組です。

各ゲストは仕事編、プライベート編と2週に渡り登場します。

 

先日の"itona"の編集長・せけんデザイナーの明石さんが出演されている回を聴きまして、非常に興味深かったです。仕事と、プライベートと、その人の背景や裏話が垣間見えるからでしょうか。

様々な分野で活動を続ける女性の存在を知ることは、凄く励みになります。

今邁進されている人も立ち止まっている人も、色々ヒントを見つけられるような企画だと思いました。

山内さんは気取りのない朗らかな雰囲気で、凄くチャーミングな女性でした。

収録を忘れて楽しくなっちゃいまして、四方八方にしゃべり散らかして来ましたが、

天真爛漫な空気と、小説に取り組む孤独に向かう作業を貫いているところと、きっと山内さんのそんなところから来る広さかなと思います。

 

収録は正装で伺いました。

こんな装いですから、ディレクターの方はコンセプトについてとことん聞いてくださいました。この番組への意気込みを感じます。

私がお邪魔した回は今月の第3週、4週オンエアです。 

地球着装着して宗教ごちゃ混ぜにした「正装」でやっていますが、

これはどんな争い事があっても「丸腰」でいる国の人間だから出来ることで、

どの国にも与えられている権利行使というけれども、それ以前に丸腰を選択しているところ、

そんなところに誇りがあったのではないかと、

次の在り方を提示できる可能性があったのではないかと思うのであります。

 

そんなことを思いながら話していたので恐らく、

見た目のおもしろい姿とリンクしないオンエアになるかもしれません。

 

山内マリコのオッケィトーク

FMとやま 毎週金曜11:30-11:55

 

これからどんな女性が登場するのか、楽しみです。

ばからしいの背後にある誇りのことと、これから

平成バカラシー運動とか言っちゃってることに於いて

武力行使できない国の人間だったからやれた表現があったのだけど・・

 

やっぱユーモアでしょうなんつって

地球被って宗教ごっちゃ混ぜにした服着て

やんごとない顔してばかみたいに平和ボケ満載な空気で

こうやって生きてもいいしょ、世界よ

 

そうアホ面して歩けるのは実は誇りだったし、

軍需以前のところで考える空白を貰えるんじゃないかという淡い夢を持ってきたけど、

変わってしまったんだな。

今後他国へ出向くとき、平和を讃える国から来てますけど何か?

そんな誇りを持てなくなってしまうというのは

こんなに虚しいものなのかぁ

世界をつなぐことよりも、

人間に反省はできないということを証明してしまったような、

その国の人間が、ラブ&ラフ♪ なんて言えなくなる

 

これからまた凄いスピード上げて子供たちはプロパガンダの嵐に巻き込まれるのかな

一地球として、一変な人として、

その手の嵐をメタ化する力っていうやつを彼らが知るために

どれだけ種を蒔けるんだろうか・・・焦る。

でも、変だな、と気づいてしまうとそれはそれで、

どうにもならないことに絶望するわけで、

それは不幸への気付きの種を巻いていることになる

なんてことも過る

 

究極にばからしい姿には美があると思っていた

でもこういうばからしい姿を望んではいない

あきらめない方法を考えようと、思いたい

 

金で平和を買えないことを知っている

自分のしたことを認める

相手と仲良くしようとする

という人は好きだ。こういう国は好き。

 

 

すべて同じように繰り返すとは思いたくないけれど、

かつて渦中に生きた人に今後どうしたら良いのか聞いたらこうだった。

 

家族や愛する人がことごとく危険にさらされていけば

誰だって保身せざるを得なくなる。食料確保をして色々とその、、

要は、ずるがしこい生き方しかできなくなってくる。

でもそれが嫌で、最後まで貫くならば死ぬことになる。

 

どんな多勢で市民が押し掛けたりどれだけネットで訴えても

後戻りできない

なんせ彼らは我々市民に選ばれたのだから同じ意見だと思っているんだろう。かな。

民主主義って

 

戦争というやつは勝っても負けても儲かるんだろうし、

向こうが出てくるように仕掛ければ良い。

小さい島理由に挑発したりして

相手の力を潰すために、こっちの軍需を発展させるという

武力ありきの話

国民のためではなく国益のための

連綿と続く欲と欲の争い、その必然性は

その社会集団の人にしか分からない何かがあるんだろう

武力が理想的なレベルに育ったから、今でしょ、

ということなのかもしれないし

皆目わからない、けれども、

相手が力つけてきた時、どうするつもりだろう?

 

アートは時代を反映する

これまでのように馬鹿面を通すのか、

何がしかに取り込まれていくのか

 

こんにちは。丸腰で来ました〜

と胸張って笑っていたかったんだけどなぁ

さてどうしようかな

幻想置いて、考えよう。