大村智先生 ノーベル生理学・医学賞受賞に寄せて祝辞と深謝

過年、大村先生ご夫妻の基金による制作・研究奨励賞を拝受し、大村先生と母校より多大なる支援と励ましをいただきました。
この度の先生の受賞で二度も励まされることになるとは想像しておりませんでしたが、

改めまして深い感謝と、心よりお祝い申し上げます。

 

この基金は大村先生ご夫妻の寄附をもとに創設されたもので、先生が理事長を兼任されていた女子美大の卒業生・在校生へ授与され、各受賞者はその支援により活動を広げており、私もその恩恵を受けた一人として今も続けられております。
科学と芸術、のみならず領域という概念を超え自由に横断されているように見える大村先生の活動には、多大なる励ましを受けた方が幾多とおられると思います。

この度のお祝いに寄せて、自分は初心に戻ってまた歩いてまいりたいと思います。

※哲史:大村智先生の筆名

 

卒業後にご就任されたこともあってお会いするまで先生について実のところ詳しく存じ上げず、

どことなくひょうきんな雰囲気を漂わせる気さくなおじさまという印象を持ったことをお詫び申し上げます。
あの日は母校が認めてくれたということが嬉しくて小躍りして向かいました。

その折頂いた書物の束に大村先生の著書が入っており拝読して吃驚、感激に震えたのを覚えてます。

大村先生はヒーリングアートの取り組みの先駆けでした。

自分は芸術療法に関心と可能性を確信する出来事があり勉強を始めたものの当時日本で専門的且つ臨床的に学べる場が無く、

発祥地であるドイツへ留学を考え問い合わせたところ受験には芸術分野に加え心理分野のかなりの単位が必要と言われ、

国内の心理学部に入り履修するうち幾つかの疑問にぶち当たり、

紆余曲折して日本由来の何か見つけられないかと探る中ある可能性を感じ始めた頃に仕事が多忙を極め、

ていうかもう、長くなるので割愛しますが兎も角行き詰まってました。

えらい遠回りしてしまったことに自信喪失し、この先どうやっていこうか経済的にも精神的にも不安しかない時での受賞だったため、

母校に救われた気分で、その後の起動力のひとつとなりました。

しかしそんな強い原動力があったことを忘れつつあった私は今年にはいり自分の不調具合にふさいでいたところで、このニュースです。

 

「初心に帰れ」

そう言われている気しかしません。

 

 

評価いただいた主な活動に『てのり湯。』というプロジェクトがあります。

これは長期に渡る計画で今後も続いていきます。

多くの方々によって成り立っていることに改めまして深く感謝申し上げます。

それなのに式典当日、校舎を間違えました。杉並に行くべきところ相模原に行きました。
終了後も待っていてくださった女子美の皆様、代わって賞状授与くださった恩師 中嶋 猛夫先生、

誠に誠にありがとうございました。
本当にすみませんでした。

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極限の下でユーモア

師走半ばです。
Taktリレーエッセイも早3年。3年・・・富山生活4年・・・有り難い限りです。

長きに渡りお世話になりましたエッセイも残すところ僅かとなりました。

徒然なるまま自由に書いて良いです、という言葉を鵜呑みにした私をその言葉通り自由にさせてくださった編集長にこの場を借りるのは何なので後日直接お礼申し上げたいです。

 

自由かぁ 

 

ある出版社では長きに渡り詩の装幀を描かせてもらっています。
20代駆け出しの頃にそれを見ていた親が、自由に出来なくなる時が来るかもしれないぞ、と言いました。平和運動家達の詩集だからです。

覚悟は出来ているのか、とでも言うような目をしてくるので、

大袈裟な〜〜とヘラヘラしてました。

あの時自分は、

ヘラヘラできない時がこんなに早く来ると思っていなかったです。

祖父達の凄まじい記憶が臨場感を持つような時代にしては、

ダメよダメダメ
http://takt-toyama.net/?tid=100442

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「週刊若田」

今更ながらですが、すごい面白いですよね。。「週刊若田」

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ばからしいの背後にある誇りのことと、これから

平成バカラシー運動とか言っちゃってることに於いて

武力行使できない国の人間だったからやれた表現があったのだけど・・

 

やっぱユーモアでしょうなんつって

地球被って宗教ごっちゃ混ぜにした服着て

やんごとない顔してばかみたいに平和ボケ満載な空気で

こうやって生きてもいいしょ、世界よ

 

そうアホ面して歩けるのは実は誇りだったし、

軍需以前のところで考える空白を貰えるんじゃないかという淡い夢を持ってきたけど、

変わってしまったんだな。

今後他国へ出向くとき、平和を讃える国から来てますけど何か?

そんな誇りを持てなくなってしまうというのは

こんなに虚しいものなのかぁ

世界をつなぐことよりも、

人間に反省はできないということを証明してしまったような、

その国の人間が、ラブ&ラフ♪ なんて言えなくなる

 

これからまた凄いスピード上げて子供たちはプロパガンダの嵐に巻き込まれるのかな

一地球として、一変な人として、

その手の嵐をメタ化する力っていうやつを彼らが知るために

どれだけ種を蒔けるんだろうか・・・焦る。

でも、変だな、と気づいてしまうとそれはそれで、

どうにもならないことに絶望するわけで、

それは不幸への気付きの種を巻いていることになる

なんてことも過る

 

究極にばからしい姿には美があると思っていた

でもこういうばからしい姿を望んではいない

あきらめない方法を考えようと、思いたい

 

金で平和を買えないことを知っている

自分のしたことを認める

相手と仲良くしようとする

という人は好きだ。こういう国は好き。

 

 

すべて同じように繰り返すとは思いたくないけれど、

かつて渦中に生きた人に今後どうしたら良いのか聞いたらこうだった。

 

家族や愛する人がことごとく危険にさらされていけば

誰だって保身せざるを得なくなる。食料確保をして色々とその、、

要は、ずるがしこい生き方しかできなくなってくる。

でもそれが嫌で、最後まで貫くならば死ぬことになる。

 

どんな多勢で市民が押し掛けたりどれだけネットで訴えても

後戻りできない

なんせ彼らは我々市民に選ばれたのだから同じ意見だと思っているんだろう。かな。

民主主義って

 

戦争というやつは勝っても負けても儲かるんだろうし、

向こうが出てくるように仕掛ければ良い。

小さい島理由に挑発したりして

相手の力を潰すために、こっちの軍需を発展させるという

武力ありきの話

国民のためではなく国益のための

連綿と続く欲と欲の争い、その必然性は

その社会集団の人にしか分からない何かがあるんだろう

武力が理想的なレベルに育ったから、今でしょ、

ということなのかもしれないし

皆目わからない、けれども、

相手が力つけてきた時、どうするつもりだろう?

 

アートは時代を反映する

これまでのように馬鹿面を通すのか、

何がしかに取り込まれていくのか

 

こんにちは。丸腰で来ました〜

と胸張って笑っていたかったんだけどなぁ

さてどうしようかな

幻想置いて、考えよう。

 

花と産毛

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